2016年05月20日

京街道 その1 36

淀古城跡から淀小橋跡まで戻ります。
スーパーマーケット・ツジトミ屋の裏の砂利道を通って、やけに広い府道125号を横断すると淀駅。
18:30ここで本日の旅はおしまい。
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2016年04月28日

東海道五十七次伏見宿 10

いよいよお目当ての市指定名勝勧修寺庭園。
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平安時代以来という氷室池を中心とした池泉回遊式の庭園。
かつてはもっと広かったけど、豊臣秀吉の伏見城築城の際に、新道建設のために埋められ、現在の大きさになったそうです。
休憩がてら庭園をのんびり眺めようと思っていたのに、見どころが多くてコマネズミのように歩き回って、休憩にはなりませんでした。(^-^;

さて、勧修寺の寺号は「かじゅうじ」。
勧修寺の所在地である勧修寺仁王堂町の勧修寺は「かんしゅうじ」。
ややこしい。(+_+)
しかも、「勧修寺」が頭に付く冠称地名が、勧修寺仁王堂町を含めて29カ所もある!
ややこしい。(+_+)

2016年04月24日

東海道五十七次伏見宿 09

勧修寺の続きは、市指定有形文化財の宸殿(しんでん)・本堂。
宸殿は延宝4年(1676)造営の明正院御所御対面所で、元禄10年(1697)に下賜されたものです。
付書院を備えた書院造ということで、境内に書院が2棟ある?
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本堂は寛文2年(1662)造営の仮皇居内侍所(ないしどころ)仮殿の旧材を利用して、寛文12年(1672)に建築されました。
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2016年04月23日

東海道五十七次伏見宿 08

勧修寺は醍醐天皇の勅願寺で、昌泰3年(900)母藤原胤子(ふじわら の いんし)を弔うため、胤子の母の実家である宮道(みやじ)家の邸宅を寺に改めたのが始まり。
鎌倉時代に門跡寺院となり、山階門跡とも呼ばれています。
文明2年(1470)に兵火で焼失して衰退。
江戸時代に徳川家と皇室の援助によって復興されました。

門跡寺院だけに、境内には文化財がいっぱい。
まずは書院。
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延宝元年(1673)より建てられた後西院御所の旧殿で、貞享3年(1686)に下賜されたものです。
国指定重要文化財。
書院前の庭にある燈籠は、徳川光圀の寄進と伝えられ、「勧修寺型燈籠」と呼ばれています。
個性的なスタイル。
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2016年03月25日

星の谷道 その1 02

弘明寺仁王門の右側に文政元年(1818)製の百番供養道標が置かれています。
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保土ヶ谷道を歩いた2004年にはなかったのに、今は門前にカーテンゲートが設置され、道標との間が狭くなって、道標の撮影が大変。(>_<)

さて、星の谷道は弘明寺から戸塚区平戸まで、2通りのルートがあります。
仁王門の右手から北回りの六ツ川回り&左手から南回りの別所回り。
まずは六ツ川回りで、6:50出発。
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2016年03月21日

星の谷道 その1 01

保土ヶ谷道(金沢道)歩きで訪れて以来、実に久しぶりの弘明寺(ぐみょうじ)。
当山は板東三十三所観音霊場第14番札所。
寺伝によると、養老五年(721)インドの僧:善無畏(ぜんむい)三蔵法師が渡来した際に開創されました。
本堂は明和3年(1766)に再建されたもの。
本尊の木造十一面観音立像(弘明寺観音)は平安時代中期の作で、国指定重要文化財となっています。
歩く前にお参りしようと思ったら、時間が早すぎて本堂が閉まっている。(>_<)
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2016年03月19日

星の谷道 その1 はじめに

10年前に柏尾通り大山道を歩きました。
地元の道です。
大山道は生活道路をつないでいるので道標が多いのですが、その中に「ほしのや道」の道標がいくつかあります。
調べてみると、坂東三十三観音の巡礼道で、横浜市南区の弘明寺観音と座間市の星の谷観音をむすびます。
こちらも地元の道ですが、道筋が分からないので放っておきました。
しかし、最近分かりやすい資料と出会ったので、いよいよ歩きます。

歩行日:2015年12月 6日
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2016年02月19日

京街道 その1 35

唐人雁木跡をそのまま進んで、橋から右を見ると納所(のうそ)小学校。
次の淀古城は納所小の奥なので、間違えたと思って引き返します。
府道13号に出て散歩のおじさんに尋ねると、この付近は「城堀」という地名なので、さらに先ではないか?とのこと。
しかし、府道13号を進んで路地に入ると、どんどん遠くなる!
いったん小学校まで戻ると、ちょうど帰宅する先生が!
尋ねてみると、橋の所で間違えたと思った道は、実は正しかった…ガクッ。

元に戻って、橋の先に妙教寺。
天正17年(1589)に豊臣秀吉が古い城を改築して淀殿の御殿とした淀古城跡で、慶応4年(1868)鳥羽伏見の戦いで本堂に砲弾が落ちた戊辰役砲弾貫通跡でもある。
碑はあるけど、どちらも案内板はなく、ひっそりとしています。
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何だか苦労した割に充実感がない…。
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2016年02月18日

京街道 その1 34

だんだん住宅が密集してくると右手に淀小橋跡。
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はす向かいの路地を入るのが旧道だけど、真っ直ぐ進んで寄り道。
六差路の納所(のうそ)交差点を横断して、GS(エッソ)の横を進むと唐人雁木跡。
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橋の跡といい、朝鮮通信使の船着場(雁木)の跡といい、全然面影がないね〜。
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2015年12月25日

京街道 その1 33

踏切を渡って民家が現れると、JRAの広〜い駐車場で10分休憩。
ふぅ。
この辺りは慶応4年(1868)に起こった鳥羽伏見の戦いの戦場だったようで、駐車場のはずれに戊辰役東軍西軍激戦之地。
そして戊辰役東軍戦死者埋骨地碑が建っています。
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合掌。
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