2016年08月31日

京街道 その1 38

淀新城跡には式内社與杼(よど)神社が鎮座しています。
元は桂川対岸の乙訓(おとくに)郡水垂(みずたれ)村(現在の淀水垂町)に鎮座していた古社で、『東海道分間延絵図』では「淀姫大明神」となっています。
明治35年(1902)桂川河川敷の拡幅工事のため、この地に遷座しました。
当社では本殿&拝殿の2棟が国の重要文化財に指定されていたけど、昭和50年(1975)花火遊びの火で、何と!本殿が全焼!
重文は拝殿だけとなりました。
焼けたら元には戻らない。(>_<)
画像
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 京街道 その1

2016年08月30日

京街道 その1 37

淀駅の右手に淀新城跡があります。
元和9年(1623)江戸幕府より淀藩入封を命じられた松平定綱によって築かれた城で、淀殿の淀城とは別のもの。
石垣&堀が残っています。
画像
しかし、駅前なので放置自転車がいっぱい。
自転車をかき分けて城跡を散策。
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 京街道 その1

2016年08月19日

東海道五十七次伏見宿 12

旧道に戻り、名前のない交差点を左折するのが旧東海道です。
その前に、この先は山道&住宅地で、しばらく茶屋がなさそうなので、昼食難民になる前に食事しなくちゃ。(^-^;

ということで、名前のない交差点の角にある一休寿し茶屋。
メニューを見ると、勧修寺という1,290円のランチがあります♪
ちょうどさっき勧修寺に立ち寄ったばかり。
せっかくなので、「かじゅうじくださ〜い」…。
ん?ご主人がキョトンとしています。
尋ねると、ランチの勧修寺は地名の「かんしゅうじ」だって。
ややこしい。(+_+)
画像

2016年08月15日

東海道五十七次伏見宿 11

勧修寺から旧道に戻り、名前のない交差点を右折するのが旧東海道です。
その前に、交差点を南下して、また寄り道。
南に進むのに新道と旧道が並んでいるけど、旧跡を訪れるので旧道へ。
しばらく進んでもそれらしいものが見当たらないので、農作業をしている方に尋ねてみると、ちょうど休憩しようと自販機まで行くのでと、案内していただけました。
ありがとうございます。
意外なことに新道沿い…ガクッ。

ということで、ぶどう直売の粟津農園に、明智光秀胴塚。
画像
天正10年(1582)年6月2日の本能寺の変の後、6月13日の山崎の戦いで敗れた光秀が、近江坂本に戻ろうとしたものの、この近くの小栗栖で土民から襲撃され、明智藪で自刃。
この地に光秀の胴体が埋葬されたと伝えられます。
前日の中山道歩きで首塚にお参りしたので、これで首と胴体がつながった?ね。

2016年08月07日

松山稲荷道 05

JR高崎線の踏切を渡ります。
松山街道ってな踏切名だったらイイな〜と思っていたけど、残念ながら地名を冠した上日出谷踏切でした。
旧道はちょっとだけ高崎線と並行して進むけど、後ろから合流してくる道の手前で左に進路を変えて、三菱マテリアルの工場にぶつかり消滅します。
画像
(上日出谷踏切)
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 松山稲荷道

2016年08月05日

松山稲荷道 04

県道12号から住宅地を北西に真っ直ぐ。
迅速測図でも、旧道は中山道と日本鉄道第一区線(現在のJR高崎線)に挟まれ、同じ方角に進んでいる…ように見えます。
しかし、ビミョ〜に角度が違っていて、高崎線の踏切を渡る手前で、旧道は隣の路地に移っています。
中山道歩きでも区画整理のために消滅した旧道があったけど、今回はいきなりなのでガックリ。

旧道と合流したら、さかのぼって復活地点の写真を撮りた〜い。
左手を気にしていたら、道路に対して直角に建っているアパートがあって、すんなり旧道に移動できました。
旧道復活地点を見ると、マメトラ農機の倉庫からいきなり道路が生えているみたい。
画像
面白い風景。(^-^)
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 松山稲荷道

2016年08月03日

松山稲荷道 03

ところで、松山以奈り道の道しるべが建っているところから旧道は右折しているんだけど、県道12号がJR高崎線を越えるのにスロープになっていて、横切ることはできません。
スタート地点の桶川市役所入口交差点に戻るのは癪なので、反対方向へ県道をくぐれるところまで進みます。
すぐ県道下の駐車場があって、難なく横切れました。
日本橋の魚河岸の人々は講を組んで、現代の社員旅行のように賑やかに旅したんだろうけど、おらは1人トボトボと進みます。(^-^;
画像
(県道をくぐってから振り向いて道しるべ)
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 松山稲荷道

2016年07月24日

松山稲荷道 02

桶川宿を北上。
桶川一里塚跡・上の木戸跡を過ぎると、桶川市役所入口交差点です。
往時からここは追分で、『中山道分間延絵図』によると、右は村道で菖蒲2里・騎西3里、左は野道。
この先の左に「吉見領道」があるけど、迅速測図だと吉見領道より野道の方が道幅が広いです。
ということで、この野道が松山道。

8:00桶川市役所入口交差点を出発。
出発するとすぐ桶川小学校で、フェンスに囲まれた松山以奈り道の道しるべがあります。
画像
天保7年(1836)製で、正面に「松山いなり道 魚 本小田原町」と刻まれています。
市指定文化財。
中山道歩きで訪れた時、このノッポな道標に魅せられて、いつか歩いてみたい!と思っていたけど、いよいよ箭弓(やきゅう)稲荷神社@東松山市へ!
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 松山稲荷道

2016年07月15日

松山稲荷道 01

川越道歩き以来、3年ぶりの桶川宿。
中山道に向かって桶川駅東口の狭い道を進むと空き地に案内板。
「駅前広場整備のための用地」と書いてあります。
東口は再開発の予定があるんですね〜。
バスターミナルがある西口と比べると東口は窮屈な感じだけど、昭和な雰囲気がなくなってしまうのは寂しいな〜。(^-^;

川越道の時は桶川駅前交差点を右折して下の木戸跡に向かったけど、今回は左折して上の木戸跡へ。
桶川駅前交差点から北の桶川宿は、中山道歩き以来、6年ぶりなので懐かしい。
見どころの1つ、蔵造りの商家(矢部家)や小林家住宅主屋などは健在…ってゆーか、案内板が新しくなり、矢部家の店蔵は矢部家住宅として市の文化財に指定されている!
画像
めでたい!
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 松山稲荷道

2016年07月10日

松山稲荷道 はじめに

中山道を歩いた時、6番目の宿場桶川宿でノッポな道しるべと出会いました。
松山稲荷道。
江戸日本橋の魚市場で働く人々によって建てられた道標で、東松山市にある箭弓稲荷神社を示しています。
1つ前の上尾宿で川越道の庚申道標と出会って川越宿まで歩いたように、松山道をたどって箭弓稲荷神社まで歩きます。

歩行日:2016年 4月30日
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 松山稲荷道