2016年08月15日

東海道五十七次伏見宿 11

勧修寺から旧道に戻り、名前のない交差点を右折するのが旧東海道です。
その前に、交差点を南下して、また寄り道。
南に進むのに新道と旧道が並んでいるけど、旧跡を訪れるので旧道へ。
しばらく進んでもそれらしいものが見当たらないので、農作業をしている方に尋ねてみると、ちょうど休憩しようと自販機まで行くのでと、案内していただけました。
ありがとうございます。
意外なことに新道沿い…ガクッ。

ということで、ぶどう直売の粟津農園に、明智光秀胴塚。
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天正10年(1582)年6月2日の本能寺の変の後、6月13日の山崎の戦いで敗れた光秀が、近江坂本に戻ろうとしたものの、この近くの小栗栖で土民から襲撃され、明智藪で自刃。
この地に光秀の胴体が埋葬されたと伝えられます。
前日の中山道歩きで首塚にお参りしたので、これで首と胴体がつながった?ね。

2016年08月08日

柏尾通り大山道 その1 おしまい

長後天満宮のもう1つの文化財は貞享3年石造狛犬一対です。
参道入口に新しめの狛犬があり、拝殿前に古そうな狛犬があるのでパチリ。
帰宅して確認すると、ありゃ〜、大正14年(1925)製…。
そうか!指定文化財になるくらいなので、拝殿じゃなくて本殿の前だ!
後日再訪して本殿の塀を覗くと小っちゃい狛犬が!
YATTA!とパチリ。
しかし、ネットで調べると、本殿前の狛犬も昭和8年(1933)製で、もっと新しい…。(>_<)
う〜む、最近は神社仏閣の文化財が盗難に遭うような物騒な世の中なので、きっと普段は本殿に納められていて、例祭や年始の時にしかお披露目しないのかも。
ということで、初詣に出かけたところ、思惑通り本殿の扉が放たれ、貞享3年(1686)製の狛犬を拝むことができました。\(^-^)/
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長後天満宮は一期一会のつもりが、3回も訪れてしまいました。
近場でヨカッタ。

柏尾通り大山道 その1の所要時間 5時間00分(休憩除いた正味時間 4時間15分)
万歩計Rの歩数 19,952歩
喜多さんの歩数 18,022歩

2016年08月07日

松山稲荷道 05

JR高崎線の踏切を渡ります。
松山街道ってな踏切名だったらイイな〜と思っていたけど、残念ながら地名を冠した上日出谷踏切でした。
旧道はちょっとだけ高崎線と並行して進むけど、後ろから合流してくる道の手前で左に進路を変えて、三菱マテリアルの工場にぶつかり消滅します。
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(上日出谷踏切)
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2016年08月05日

松山稲荷道 04

県道12号から住宅地を北西に真っ直ぐ。
迅速測図でも、旧道は中山道と日本鉄道第一区線(現在のJR高崎線)に挟まれ、同じ方角に進んでいる…ように見えます。
しかし、ビミョ〜に角度が違っていて、高崎線の踏切を渡る手前で、旧道は隣の路地に移っています。
中山道歩きでも区画整理のために消滅した旧道があったけど、今回はいきなりなのでガックリ。

旧道と合流したら、さかのぼって復活地点の写真を撮りた〜い。
左手を気にしていたら、道路に対して直角に建っているアパートがあって、すんなり旧道に移動できました。
旧道復活地点を見ると、マメトラ農機の倉庫からいきなり道路が生えているみたい。
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面白い風景。(^-^)
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2016年08月03日

松山稲荷道 03

ところで、松山以奈り道の道しるべが建っているところから旧道は右折しているんだけど、県道12号がJR高崎線を越えるのにスロープになっていて、横切ることはできません。
スタート地点の桶川市役所入口交差点に戻るのは癪なので、反対方向へ県道をくぐれるところまで進みます。
すぐ県道下の駐車場があって、難なく横切れました。
日本橋の魚河岸の人々は講を組んで、現代の社員旅行のように賑やかに旅したんだろうけど、おらは1人トボトボと進みます。(^-^;
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(県道をくぐってから振り向いて道しるべ)
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2016年07月24日

松山稲荷道 02

桶川宿を北上。
桶川一里塚跡・上の木戸跡を過ぎると、桶川市役所入口交差点です。
往時からここは追分で、『中山道分間延絵図』によると、右は村道で菖蒲2里・騎西3里、左は野道。
この先の左に「吉見領道」があるけど、迅速測図だと吉見領道より野道の方が道幅が広いです。
ということで、この野道が松山道。

8:00桶川市役所入口交差点を出発。
出発するとすぐ桶川小学校で、フェンスに囲まれた松山以奈り道の道しるべがあります。
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天保7年(1836)製で、正面に「松山いなり道 魚 本小田原町」と刻まれています。
市指定文化財。
中山道歩きで訪れた時、このノッポな道標に魅せられて、いつか歩いてみたい!と思っていたけど、いよいよ箭弓(やきゅう)稲荷神社@東松山市へ!
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2016年07月15日

松山稲荷道 01

川越道歩き以来、3年ぶりの桶川宿。
中山道に向かって桶川駅東口の狭い道を進むと空き地に案内板。
「駅前広場整備のための用地」と書いてあります。
東口は再開発の予定があるんですね〜。
バスターミナルがある西口と比べると東口は窮屈な感じだけど、昭和な雰囲気がなくなってしまうのは寂しいな〜。(^-^;

川越道の時は桶川駅前交差点を右折して下の木戸跡に向かったけど、今回は左折して上の木戸跡へ。
桶川駅前交差点から北の桶川宿は、中山道歩き以来、6年ぶりなので懐かしい。
見どころの1つ、蔵造りの商家(矢部家)や小林家住宅主屋などは健在…ってゆーか、案内板が新しくなり、矢部家の店蔵は矢部家住宅として市の文化財に指定されている!
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めでたい!
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2016年07月10日

松山稲荷道 はじめに

中山道を歩いた時、6番目の宿場桶川宿でノッポな道しるべと出会いました。
松山稲荷道。
江戸日本橋の魚市場で働く人々によって建てられた道標で、東松山市にある箭弓稲荷神社を示しています。
1つ前の上尾宿で川越道の庚申道標と出会って川越宿まで歩いたように、松山道をたどって箭弓稲荷神社まで歩きます。

歩行日:2016年 4月30日
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2016年06月25日

柏尾通り大山道 その1 47

長後天満宮には2件の市指定文化財があります。
その1つは寛永19年石燈籠。
寛永19年石燈籠
江戸時代になると長後は上下二分され、下長後が旗本朝岡氏の知行となりました。
石燈籠は朝岡丑之助が寛永19年(1642)に奉納したものです。

2016年06月06日

柏尾通り大山道 その1 46

この機会じゃないとなかなか訪れないだろうと思い、ちょっと遠いけど、これから長後天満宮にお参り。
今歩いて来た道の1つ手前の路地を入って住宅地を進んでいたら、思いのほか道が入り組んでいて迷子…。
なかなかたどり着かないので、犬の散歩のおばさんに尋ねてやっと到着です。(^-^;
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長後天満宮の由緒によると、永久3年(1115)渋谷重国の祖父秩父基家がこの地に築城&城内に廟を建立して、菅原道真公を崇祀して天満宮と称したとあります。
へぇ、長後天満宮って渋谷城跡ってことなんだね。(◎o◎)