2016年10月28日

京街道 その2 02

寺田屋の帰りは陸側から月桂冠の建物を見学。
日本酒飲めないんだけど…。(^-^;
月桂冠創業家の大倉家本宅は文政11年(1828)に建てられたもの。
指定 or 登録文化財とかにはなっていないみたいだけど、鳥羽伏見の戦いの戦火を免れ、古い建物が残っているのは素晴らしい!
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(大倉家本宅)
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2016年10月26日

京街道 その2 01

京街道歩き初日に、淀宿から伏見宿に戻ってお世話になった旅籠は、素泊まりだけど旅館ちとせ(南新地4-23/075-611-1918)。
伏見なので寺田屋に泊まろうとしたら、昨年のNHK大河ドラマ「新選組!」の影響で宿泊はNG。
そんなことなら駅に近い宿ということで、昭和の雰囲気が残ってイイ宿です。

昨日の敵を取るため、出発前に付近を散策。
十石舟乗船場から宇治川派流の濠川(ほりかわ)に下ります。
寛永14年(1637)に「笠置屋」として創業した月桂冠の酒蔵を見ながら、坂本龍馬が定宿とした船宿寺田屋に向かいます。
寺田屋の前は『東海道中膝栗毛』の弥次喜多も乗った三十石船の寺田屋浜乗船場。
すぐ横の京橋は伏見港の4カ所ある船着場の1つです。
そういえば、昨日出会った六地蔵札の辻の道標に「伏見舟乗ば」って刻まれていたね。
参勤交代の西国大名も利用したというので、往時は賑やかだったんだろうな。
寺田屋では、慶応2年(1866)龍馬が伏見奉行所の役人に襲われた時、入浴中のお龍が外の気配に気付いて、裸のまま龍馬に知らせて難を逃れた、という逸話がドラマチックだね〜。
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(寺田屋)
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2016年10月25日

京街道 その2 はじめに

京街道の2日目です。
初日に行けなかった伏見宿のお立ち寄りポイントを見学してから淀宿を出発。
つい「まいかた」と読んでしまいそうな枚方(ひらかた)宿のはずれまで進みます。
しかし、初日の暑い中、張り切りすぎたため?足にマメのコドモができていたのに、手入れする前に眠ってしまったので、さぁ大変!
今日も暑いです。(>_<)

歩行日:2005年 8月18日
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2016年10月07日

京街道 その1 おしまい

今夜お世話になる旅籠は旅館ちとせ。
淀駅から中書島(ちゅうしょじま)駅まで一駅戻ります。
宿に着いてから散策しようと思っていたけど、予定より遅くなったのでもう無理。
宿で一風呂浴びてから、大正14年(1925)に創業した黄桜酒造の直営店キザクラカッパカントリー茶屋で晩食です。
おらは日本酒飲めないんだけどね〜。(^-^;
往復で横切った宇治川派流には灯籠の明かりが灯っていてイイ感じ。
明日のため早く寝ればイイものを、何だかんだと0時を過ぎてしまった…。(^-^;
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(キザクラカッパカントリーでカッパのシュウマイ)

京街道 その1の所要時間 9時間55分(休憩除いた正味時間 8時間25分)
万歩計Rの歩数 41,829歩
喜多さんの歩数 37,897歩
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2016年10月05日

東海道五十七次伏見宿 18

深草谷口町交差点で再び府道35号に合流すると、次の左手の上り坂が旧道。
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え!周りが平地なのに、何で山を上るの?と思わず声が出ちゃう。
七瀬川は大きい川じゃないけど、ものスゴく蛇行しているので、意外と暴れ川で、この周辺は湿地帯だったのかな?
不思議に思いながら筆ヶ坂を上ると、格子戸や虫籠窓のある民家が点在しているので、やっぱり旧道なんだ〜と納得。
枡形まであります。

2016年10月04日

東海道五十七次伏見宿 17

深草谷口町交差点の手前で七瀬川を越えると旧道の両側に道標が建っています。
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右側は仁明天皇陵宇多天皇皇后陵道標。
宇多天皇皇后というのは勧修寺の由緒にある醍醐天皇の母藤原胤子(ふじわら の いんし)。
名神高速の北側を進んでいれば、陵墓の前を通っていました。
左側は深草毘沙門天桓武天皇陵道標。
深草毘沙門天は仁明天皇陵の手前にあり、境内の谷口古墳が往時桓武天皇陵とされていました。
深草谷口町交差点から右手北西に延びる道は旧東海道本線の軌道跡で、稲荷駅に向かっています。

2016年10月02日

東海道五十七次伏見宿 16

山科区と伏見区の区境で旧道の府道35号は左にカーブして名神高速とサヨナラ。
旧東海道本線も一緒に名神高速とサヨナラします。
区境が峠でようやく下り坂。
下り坂の途中で右手に旧道の蛇行跡があるのに、気がつかないで通り過ぎてしまいました…ガクッ。
旧道の蛇行跡2カ所歩きそびれちゃった。
誰かおらの敵をとって!(>_<)

大岩神社鳥居を過ぎると右に旧道。
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大きく右カーブする府道35号は旧東海道本線の軌道跡。
大宅一里塚から地図で計測するとこの付近に深草一里塚があることになるけど、何故か?『東海道分間延絵図』には載っていません。
旧道には格子戸や虫籠窓のある民家が点在してなかなかイイ感じ。

2016年09月27日

東海道五十七次伏見宿 15

前日の中山道FINALは一度東海道で歩いているのでもう道は間違えないし、今回のルートもイラストマップを頼りに、旧道は名神高速の工事で破壊されていると思い込んで、あまり予習はしていませんでした。
旧道が蛇行しているのを忘れて、府道35号をそのまま歩いてしまって、順序が逆だけど、Googleマップのストビューを見ると名神高速の北側に旧道の蛇行跡が残っています…ガクッ。il||li _| ̄|◯ il||l
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(旧版地図の中ノ茶屋 旧道が蛇行しています)

2016年09月25日

東海道五十七次伏見宿 14

今回は伏見宿の道筋をしっかり歩くつもりだったけど、ここで失敗。(>_<)
「京街道 その1」を歩く時に国土地理院の旧版地図「京都東南部」を取り寄せたんだけど、東海道本線ルート変更後の大正11年(1922)の測量で、軌道跡は細長〜い盛り土になっています。
旧東海道は軌道跡に沿いながらも蛇行していて、勧修寺側は軌道跡を右に見て、中ノ茶屋手前から軌道跡が左に。
京街道歩きの後にルートの間違いを知って、旧版地図を見直して、旧東海道は名神高速をくぐって北側に出ると確認していたのに、それから何年も経ってすっかり忘れてしまった…。
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(ホントはナガタ工業を過ぎたら名神高速をくぐります)

2016年09月22日

東海道五十七次伏見宿 13

50分の昼食休憩で旧道復帰。
名前のない交差点を西へ。
緩やかな上り坂を進むと名神高速道路にぶつかります。
これからしばらく名神高速に沿って殺風景な風景が続くけど、遮音壁が長〜い蒲鉾みたいで楽しいかも?(^-^;
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さっき名神高速の下にある旧山科駅跡を再訪したけど、名神高速のこの区間は旧東海道本線跡です。
開業当時の東海道本線は逢坂山隧道から山科盆地を南に回って、現在の奈良線稲荷駅を通るルートでした。
後に新逢坂山トンネル・東山トンネルが造られ、大正10年(1921)東海道本線は現在のルートに変更。
旧ルートの馬場駅(現在の膳所駅)〜稲荷駅間は廃線となり、山科駅も現在の場所に移されました。