2017年09月13日

東海道五十七次伏見宿 21

藤森神社は京街道歩きで立ち寄った御香宮神社と同じように、ご神水不二の水が湧いています。
二つとない美味しい水という意味らしい。
ちょうど水筒の水がなくなるところだったので、ありがたくいただきます。
名水百選には認定されていないけど、冷たくて美味し〜い。
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帰り際、参集殿で馬が描かれた自販機を発見。
「必勝祈願」と書いてあり、さすが馬の社だと感心していたら、甘い缶コーヒーが飲みたくなって、10分休憩。
絵馬舎が休憩所になっています。
後から知ったんだけど、馬が描かれた必勝祈願の自販機で飲み物を買うと、馬の雄叫びとファンファーレが聴けるそう。
おらは隣の自販機で買ってしまい、二つとないおもろい自販機の御利益をいただけなくて失敗しました。
誰かおらの仇を取って!(>_<)

2017年09月01日

東海道五十七次伏見宿 20

藤森神社の歴史は古く、神功皇后が新羅討伐から凱旋して、兵具を納め、塚を造り、祀った、というのがはじまり。
天平宝字3年(759)現在の伏見稲荷大社の地である藤尾に鎮座(藤尾社)。
その後、永享10年(1438)足利義教が稲荷山山頂の稲荷社を麓の藤尾に移したため、藤尾社が当地に遷座。
近隣の社と合祀されて現在の藤森神社となります。
毎年5月5日に行われる藤森祭は菖蒲の節句発祥と言われ、藤森祭に奉納される駈馬(かけうま)神事が市登録無形民俗文化財となっています。

本殿は正徳2年(1712)に中御門天皇が宮中にあった賢所(かしこどころ)を移築させたもので、国指定重要文化財。
末社の大将軍社&八幡宮社も国の重文で、ともに藤尾社がこの地に遷座した永享10年(1438)に足利義教が建立したものです。
境内には宝物殿もあり、さすが古社だけにお宝がいっぱい。
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(藤森神社本殿)

2017年08月26日

東海道五十七次伏見宿 19

風情のある尾根道はJR奈良線を越えると何の変哲もない十字路。
十字路を左折するとJR藤森駅で、駅名にJRと付くのは珍しいですね。
東海道は十字路を右折して下り坂。
京都教育大を過ぎると藤森神社があります。
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今まで社号の藤森を「ふじもり」と思っていたけど、「ふじのもり」なのでビックリ!
さっき勧修寺で「ふじの森」と刻まれている道標があったけど、江戸時代は「ふじのもり」と呼ばれていたんだ〜と感心していたら、今でも「ふじのもり」なのね…ガクッ。il||li _| ̄|◯ il||l

社号が藤の森なので、季節は過ぎてしまったけど、社叢が藤でいっぱいなのかと思いきや、何と!藤はない!(◎o◎)
参道にはアジサイがたくさん植えられていて、紫陽花の宮として有名みたい…ガクッ。il||li _| ̄|◯ il||l

2016年10月05日

東海道五十七次伏見宿 18

深草谷口町交差点で再び府道35号に合流すると、次の左手の上り坂が旧道。
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え!周りが平地なのに、何で山を上るの?と思わず声が出ちゃう。
七瀬川は大きい川じゃないけど、ものスゴく蛇行しているので、意外と暴れ川で、この周辺は湿地帯だったのかな?
不思議に思いながら筆ヶ坂を上ると、格子戸や虫籠窓のある民家が点在しているので、やっぱり旧道なんだ〜と納得。
枡形まであります。

2016年10月04日

東海道五十七次伏見宿 17

深草谷口町交差点の手前で七瀬川を越えると旧道の両側に道標が建っています。
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右側は仁明天皇陵宇多天皇皇后陵道標。
宇多天皇皇后というのは勧修寺の由緒にある醍醐天皇の母藤原胤子(ふじわら の いんし)。
名神高速の北側を進んでいれば、陵墓の前を通っていました。
左側は深草毘沙門天桓武天皇陵道標。
深草毘沙門天は仁明天皇陵の手前にあり、境内の谷口古墳が往時桓武天皇陵とされていました。
深草谷口町交差点から右手北西に延びる道は旧東海道本線の軌道跡で、稲荷駅に向かっています。

2016年10月02日

東海道五十七次伏見宿 16

山科区と伏見区の区境で旧道の府道35号は左にカーブして名神高速とサヨナラ。
旧東海道本線も一緒に名神高速とサヨナラします。
区境が峠でようやく下り坂。
下り坂の途中で右手に旧道の蛇行跡があるのに、気がつかないで通り過ぎてしまいました…ガクッ。
旧道の蛇行跡2カ所歩きそびれちゃった。
誰かおらの敵をとって!(>_<)

大岩神社鳥居を過ぎると右に旧道。
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大きく右カーブする府道35号は旧東海道本線の軌道跡。
大宅一里塚から地図で計測するとこの付近に深草一里塚があることになるけど、何故か?『東海道分間延絵図』には載っていません。
旧道には格子戸や虫籠窓のある民家が点在してなかなかイイ感じ。

2016年09月27日

東海道五十七次伏見宿 15

前日の中山道FINALは一度東海道で歩いているのでもう道は間違えないし、今回のルートもイラストマップを頼りに、旧道は名神高速の工事で破壊されていると思い込んで、あまり予習はしていませんでした。
旧道が蛇行しているのを忘れて、府道35号をそのまま歩いてしまって、順序が逆だけど、Googleマップのストビューを見ると名神高速の北側に旧道の蛇行跡が残っています…ガクッ。il||li _| ̄|◯ il||l
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(旧版地図の中ノ茶屋 旧道が蛇行しています)

2016年09月25日

東海道五十七次伏見宿 14

今回は伏見宿の道筋をしっかり歩くつもりだったけど、ここで失敗。(>_<)
「京街道 その1」を歩く時に国土地理院の旧版地図「京都東南部」を取り寄せたんだけど、東海道本線ルート変更後の大正11年(1922)の測量で、軌道跡は細長〜い盛り土になっています。
旧東海道は軌道跡に沿いながらも蛇行していて、勧修寺側は軌道跡を右に見て、中ノ茶屋手前から軌道跡が左に。
京街道歩きの後にルートの間違いを知って、旧版地図を見直して、旧東海道は名神高速をくぐって北側に出ると確認していたのに、それから何年も経ってすっかり忘れてしまった…。
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(ホントはナガタ工業を過ぎたら名神高速をくぐります)

2016年09月22日

東海道五十七次伏見宿 13

50分の昼食休憩で旧道復帰。
名前のない交差点を西へ。
緩やかな上り坂を進むと名神高速道路にぶつかります。
これからしばらく名神高速に沿って殺風景な風景が続くけど、遮音壁が長〜い蒲鉾みたいで楽しいかも?(^-^;
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さっき名神高速の下にある旧山科駅跡を再訪したけど、名神高速のこの区間は旧東海道本線跡です。
開業当時の東海道本線は逢坂山隧道から山科盆地を南に回って、現在の奈良線稲荷駅を通るルートでした。
後に新逢坂山トンネル・東山トンネルが造られ、大正10年(1921)東海道本線は現在のルートに変更。
旧ルートの馬場駅(現在の膳所駅)〜稲荷駅間は廃線となり、山科駅も現在の場所に移されました。

2016年08月19日

東海道五十七次伏見宿 12

旧道に戻り、名前のない交差点を左折するのが旧東海道です。
その前に、この先は山道&住宅地で、しばらく茶屋がなさそうなので、昼食難民になる前に食事しなくちゃ。(^-^;

ということで、名前のない交差点の角にある一休寿し茶屋。
メニューを見ると、勧修寺という1,290円のランチがあります♪
ちょうどさっき勧修寺に立ち寄ったばかり。
せっかくなので、「かじゅうじくださ〜い」…。
ん?ご主人がキョトンとしています。
尋ねると、ランチの勧修寺は地名の「かんしゅうじ」だって。
ややこしい。(+_+)
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